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2010年5月

2010年5月20日 (木)

浜松時代2

4人兄弟の長男だが、大学の物理科に入り出世街道をばく進しようなどとは考えもしなかった。二人で材木屋を継ぐことはないしそちらは弟に任せた。

父親は唯「しっかりやれ」と励ましてくれた。母親には「折に触れて帰って来るから心配しないで」とか言った覚えが有るが返事は無かったと思う。

早速、総務部長に呼ばれ初任給や待遇面の説明を受ける。破格の金額を提示され、なにやら歓迎して呉れそうで意気に燃えて居たのか。

2010年5月17日 (月)

浜松時代

大宮時代を長くも続けられない(書けばキリがない)ので、長い浜松時代を始めるとしよう。>自分史。

大宮では蓄電池の生産も軌道に乗り、大株主である浜松の渥美哲雄氏の目に留まるに至り

「これを浜松で作ろう、就いては技術屋を派遣せよ」、との至上命令が下り、ミックさんと私に2ヶ月ばかり技術指導のお役目の指示が下りた。

渥美氏はHONDAの協力工場の社長だがHONDAが風邪を引くと我が社は肺炎になる。この流れを絶たねばと言うわけで、かなりの資本を投下したらしい。

先ずは実験工場の建設、稼働に向けて大仕事が始まった。

=つづくよ=

2010年5月12日 (水)

大宮時代3

ミックさん、お出ましありがとう。

>「これを売らないと今夜の宿賃が無いんです」な~んて殺し文句に同情して良く買っていただきましたね。たしか4泊5日で全部売っちゃったっけ。今では、楽しい思い出です。

ミックさんの、「売り口」には感心していました。決して達者な言葉ではなかったけれど、当時からお客様を惹き付ける何かが有ったのかな。

そうそう、電話で話した「スツール壊した旅館」は、たしか武蔵でしたっけね。女将さん寛大に慰めてくれましたっけ。

そうそう2、採用試験問題は私が作りました。ついでに採用担当も、、、。「試験の成績より人物の大きさを」、との社長の指示もあってTOPで合格に推薦しました。

当時のみんなはどうして居るんでしょうね。神山工場長、一人娘の蘭子さん、谷地君、それと黒沼御大。氏とは賀状でのお付き合いが有るので電話でもしてみますね。

ムカシはホントにヨカッタ

=つづけたいなぁ=

2010年5月 9日 (日)

大宮時代2

電解液もれを何とか克服して、この電池を使って最初の製品が「オートランパー」、、つまり停電になると5ワットほどの小型電球が灯るもの。現在では停電は殆ど無いが当時は結構有った。

社長はつてをたどって結構売って下さったが、私はなんたって気楽な身で、物見遊山バキッ!!☆/(x_x)も兼ねて、伊豆の旅館に飛び込み販売をすることにした。、大宮からライトバンに製品を一杯積み込んで社員に見送られていざ出発。社長曰く「これを売って旅館代に充てなさい。」 

訪問先は伊東温泉の旅館で、先ずは教えられたとおり温泉組合に行き、お目当ての旅館を教えて貰い、地図を片手に飛び込みを始める。

小さな旅館は取り次ぎに出たのは殆ど女将で、必死の顔の販売員(同行のミックさん)に同情したのか結構買ってくれた。そこで調子に乗って大手のハトヤ旅館にアタックを敢行することに、、、。

ここでは大女将が取り次いでくれて、取り付けを条件に即決で数十台買ってくれた。伊東温泉は何処も優しい女将ばかりで心が和んだのだった。現金だったので小金がフトコロに入るも、あくまでも会社の金なので浮かれて飲んでもいられない。

荷物の半分くらい売れて社長指定の旅館「稲葉」に行くと女将とおぼしき方が出て来て、何と「お待ち致しておりました。」 しかも川沿いの瀟洒な部屋に通される。何なんだこれは!?、、。

=つづき=

後から解ったことだが、大株主の松田さんが稲葉の株主でもあり、粋な計らいをして下さったのだった。松田氏との由縁は書きたいけれど、あえて書かずに置こう。

2010年5月 4日 (火)

大宮時代

いつもここをご覧下さっている皆さまだけに御礼申し上げます。この頃お会いする機会が多くて、、、

「私のブログ、見てくれてる~?」 「三菱時代ね、、次はどうなるか楽しみにしてまっせ~」  

コメントは少ないが、このことを励みにしている。又、カウンタは付けていない。

・さて、タイトルの件 何時頃のことだったかは検証中。

大学の友人の黒沼氏とは益々親しくなって、大宮の家には頻繁に遊びに行くことになる。兄は浦和高校の先生、そのまた兄(在指扇)は焼津漁港のカツオ漁々師という変わり種でどちらも無類の酒好き。

その大宮の兄が起業することになり、手伝ってくれないかと誘われる。仕事は特殊バッテリの研究、製造。。。これが延々と縁がつながって現在の浜松の生活がある。懐かしい。

=つづきへ=

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