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2010年5月 4日 (火)

大宮時代

いつもここをご覧下さっている皆さまだけに御礼申し上げます。この頃お会いする機会が多くて、、、

「私のブログ、見てくれてる~?」 「三菱時代ね、、次はどうなるか楽しみにしてまっせ~」  

コメントは少ないが、このことを励みにしている。又、カウンタは付けていない。

・さて、タイトルの件 何時頃のことだったかは検証中。

大学の友人の黒沼氏とは益々親しくなって、大宮の家には頻繁に遊びに行くことになる。兄は浦和高校の先生、そのまた兄(在指扇)は焼津漁港のカツオ漁々師という変わり種でどちらも無類の酒好き。

その大宮の兄が起業することになり、手伝ってくれないかと誘われる。仕事は特殊バッテリの研究、製造。。。これが延々と縁がつながって現在の浜松の生活がある。懐かしい。

=つづきへ=

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コメント

ケンタローさまコメントありがとうございます。

>だんだん話が難しくなって参加が困難です(^_^;)
どうかお気楽に次訪をごご覧下さいませ。

だんだん話が難しくなって参加が困難です(^_^;)

=つづき=
韓国の発明家K氏が鉛蓄電池を開発、実用化のメドが立ったのでこれを何処で作るか、と言うことになり大宮のK氏が旗を降り出して、先ずは株主の募集となった。

私は研究チームを任され、従来から難しいとされる完全密閉型鉛蓄電池の開発に没頭する。

何が難しいと言えば、電解液が希硫酸でその密閉構造にある。電槽には僅かに通気性があるPE(ポリエチレンン)で電解液を注入後栓をはめ込んで溶着。ここまでは完璧に出来るが問題は電極部の密閉構造だ。開発品は鉛に真鍮のネジを流し込んだものだが直ぐに侵蝕して電解液が漏れてしまい使い物にならない。

=以後次報

赤パンダさん、コメントどもどもです。

>早くモテモテの時代の話をばバキッ!!☆/(x_x)
あの~、その~ そげな時代はありませんでした。おばさまからは結構モテたのかしらん。( ;・・)_ スゴスゴ

早くモテモテの時代の話をばバキッ!!☆/(x_x)

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